6才の少年が成長する12年間を描いた『6才のボクが、大人になるまで。』。
そして新学期を迎えた高校生の日常を描いた、『バッド・チューニング』を世に出した、
リチャード・リンクレイター監督が、その2作の精神的続編として描いたこの映画。
冒頭より怒涛の展開です!
すぐに映画の中に引き込まれ、見ている内に、自然と身体が動き出してしまうような、そんな作品です。
映画で描くのは、たった3日間の出来事。
それはまだ、自分を中心に世界が回っていると思える時代の、
おそらくは絶頂の宴の様子です。
多くの人はこの世に生まれた時から、青春時代のある時期まで、
意識として、世界の中心にいると思います。
映画の主人公も、おそらく家庭で愛されて育ち、
野球という特技に出会い、
高校生まで野球チームのエースとして、特別な存在であり続けました。
そして、強豪大学からスカウトされて、より大きな世界の入り口に立ちます。
この映画は、大学の野球チームの寮に入ってから、
大学が始まるまでの3日間を切り取ったもの。
なぜこの時期だったのでしょうか?
いざ大学が始まった時から、彼は徐々に世界の中心から、引きずりおろされていく可能性が高いからだと思います。
ほとんどの場合、それが現実だから…
自分の世界が広がり、その中で挫折し、何かを諦める中で、
自分の居場所を自分で見つけていかなければならなくなるのです。
映画が切り取っているのは、その世間の荒波に漕ぎ出す直前・・・
自我の絶頂にある若者の、最後の宴の様子です。
その絶頂の3日間の中でも、彼らが世界の中心から引きずりおろされることを
予感させる兆候は現れます。
主人公は高校生の時、強豪チームのエースでしたが、
実績は州で2位。既に1位ではないのです。
練習試合では、渾身の速球を、先輩に簡単に打たれてしまいます。
偶然出会った高校時代のチームメートは卒業と同時に野球をやめ、
パンク好きへのイメチェンを果たしていました。
それでも、この3日間、彼は「特別な存在」としての絶頂を謳歌します。
一目惚れした女性がいれば、振られることなど全く恐れずに、
アプローチし、その願いも叶うのです。
彼と彼女の趣向は全く違い、芸術的な彼女の話題にはついていけませんが、
それでも2人にとっては、この時に出会った喜びのほうが、遥かに勝るのです。
野球部一のナンパの達人は、こう言って口説きます。
『後悔するのは、やったことではなく、やらなかったことだ』と。
そんな人生最強の時期は、やはり長くは続かないでしょう。
世界は自分を中心に回っていたわけではない・・・
そのことを知る季節は遠からずやってきます。
でも来たるべきその時に、人生最強の時期を存分に謳歌した人の方が
「諦める」ことも、またしやすいのかなと感じました。
因みに「あきらめる」という言葉には、
「諦める」という字と「明らめる」という字があります。
「明らめる」の意味を辞書で引くと、
① 事情や理由を明らかにする。はっきりさせる。
② 心を明るく楽しくする。気持ちを晴れやかにする。
とあります。
宴から覚め、世界の中心にはいられなくなった時にも、
明るく楽しく生きていけるよう、心を磨いていきたいものだと・・・
なぜ、あの映画で、こんな説教くさい感想になってしまったのか、よく分かりませんが・・・
きっと誰にでも訪れる、若さの絶頂の感じを、この映画が思い出させてくれるからだと思います。
映画自体は、理屈抜きに楽しめる、間違いなくおすすめの映画です!
順番が逆になってしまったのが残念ですが、
早いうちに、まずは、リンクレイター監督の出世作、
『6才のボクが、大人になるまで』を見ようと思います!